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イエス・キリストの生涯は、新約聖書の福音書に書かれてあります。
ここでは、それを短い123のストーリーに順番に記しています。
求道者、もしくはキリスト教に興味がある人が主イエスの生涯と教えに触れるには、きっとお役立ちいただけると思います。
1日1課でもいいですし、いくつかまとめて読んでもいいかも知れませんね。
第112課 イエスの死 |
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総督ピラトがイエス様を十字架に付ける許しを与えたので、イエス様は兵士たちによって肩に背負わされた重い十字架を担われて、ゴルゴタ、すなわち「されこうべ(ドクロの意味)の場所」までお歩きになりました。 イエス様がそこに着かれると兵士たちはイエス様の服をはぎ取って、大きな釘でイエス様の手と足を十字架に釘付けて、その十字架を立てました。そしてイエス様の右と左に2人の犯罪人の十字架も立てました。 イエス様の十字架の下に集まった大祭司たちはイエス様をあざけり「もし神の子であるならば、自分を救え。そして十字架から降りて来い」と言いました。 もちろんイエス様は御自分の命を救う力がありましたが、私たちの罪を(もちろん、これを読んでるあなたの罪も)償うために十字架上で亡くなられるという使命がありましたので、かれらのあざけりを無視なさいました。そして「父よ、彼らをおゆるしください」とおっしゃって、その人たちのためにお祈りになりました。 イエス様は弟子たちにすべての人々を愛するように、そして自分の敵までも愛するように教えられましたが、十字架にかけられた時、御自分を殺そうとしている人々のためにお祈りになって、その模範をお示しになりました。
イエス様の横で十字架にかけられている1人の犯罪人は大祭司たちと同じようにイエス様をあざけりましたが、もう1人は彼をたしなめて「我々は自分のやったことの報いを受けるのだから当たり前だが、このかたは何も悪いことをなさってないのだ」と言いました。 そしてイエス様に向かって「あなたが王権を持って来られる時には、どうか私を思い出してください」と願いました。イエス様は「今日、あなたは私と共にパラダイス(楽園)にいるであろう」とお答えになりました。 その人は多くの罪を犯してきたようですが、イエス様に出会った時その罪を悔い改めて、イエス様のゆるしを願いましたので救われました。 イエス様は朝の9時から午後3時までかけられていらっしゃいましたが、12時から3時までの間、太陽は光を失って、闇が大地をおおいました。 時間が経つにつれてイエス様の苦しみはますますひどくなりました。1人の兵士が痛み止めに酸っぱいぶどう酒をイエス様に飲ませようとしましたが、イエス様はそれを飲まずに最後までその苦しみを耐え忍ばれました。 3時頃に、イエス様は「父よ、私の霊を御手に委ねます」とおっしゃって、息を引き取られました。その時の様子は次のように表されています。 「その時突然、聖所の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地が震い、岩が裂け、墓が開いた。…(兵士たちの)百人隊長、及び一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、『まことにこの人は神の子であった』と言った」
兵士たちも初めのうちは、大祭司たちと同じようにイエス様をあざけりましたが、イエス様の十字架上での「み言葉」と態度に感激し、また、イエス様が亡くなられた時に起こった不思議な出来事を見て、最後にはイエス様を信じるようになったのです。 (マタイ27・57〜28・4、マルコ15・42〜47、ルカ23・50〜56、ヨハネ19・31〜42)
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