ここ最近、いや、少し前からパウロに関する話題がいくつかのHPで出ておりました。
また、個人的な問い合わせもいくつかありました。
皆様はパウロに対してどのようなイメージを持っていますでしょうか?
新約聖書から受けるパウロのイメージは、決して良いイメージばかりではないようです。
新約聖書は4つの福音書から始まります。
マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネですね。クリスチャンになって、もしくはキリスト教に興味を持って最初に読むのもこれらの福音書からだと思います。
では、パウロは何を書いた人でしょうか。そうです。言わずもがな、様々な地方の信徒に宛てて多くの手紙を残した人です。
ガラテヤ・コリント・ローマ・エフェソ…
この殆どの手紙は、4つの福音書が書かれる以前に出されたとされています。
主イエスが十字架の上で犠牲になったのは紀元30年頃で、これらの手紙は紀元50〜60年頃に書かれたことがわかっています。
キリスト教の信仰が広まり始めてごく初期の頃ですね。
パウロが何を考えどのように人々に伝えたか、そしてそこから生まれるパウロに対するイメージは、当然彼の書いた手紙や、彼のことについての記述がある使徒書を読んで感じることになるでしょう。
ここで私は、これらの手紙を読む上で2つのことに注意すべきではないかと思います。
まず1つは、パウロが何故イエスを主と認め信じるようになったのかということです。
パウロが他の弟子たちと大きく違うところは、彼は初めはイエス・キリストを信じる者を強く迫害する立場の人間だったということです。
それに関しては使徒言行録(使徒行伝)の8:1や9:1〜2を読めば、いかに激しく迫害していたかがわかります。
それが何と、最も厚い信仰者の1人と生まれ変わったのです。
それはあまりにも衝撃的な出来事で、使徒書にはこのように記されています。
【突然、天から強い光がわたしの周りを照らしました】使徒9:6
【わたしは、その光の輝きのために目が見えなくなっていました】使徒9:11
パウロは先にも書いたように、主イエスと直接行動を共にして教えを聞いたり数々の奇跡を見てきた人物ではありません。
しかし彼は、目も見えなくなるような光に照らされるというとんでもない体験によって、すなわち神であるイエス・キリストによって180度変えられてしまったのです。
その衝撃たるや、迫害者であったパウロにとって、どれほどのことであるか想像をはるかに超えたものであると思います。
パウロをなかなか理解出来ないという意見があるのは、私達の中でこれほどまでにすさまじい経験を持って、いわば強引にねじ伏せられて神の偉大さを体験させられたという経験した人が非常に少ないからではないかと思います。
私達の多くは、《信じ切れない》状態を経過し、《気持ちが強まったり弱まったり》し、《なんらかのきっかけで最終的に信じるようになる》というパターンが多いのではないでしょうか。
また、クリスチャンになってからも、《信じきれない》時や《気持ちが弱まる》時があるのではないでしょうか。
そこがパウロと私達の大きな差ではないかと思います。
実は反クリスチャンだった私がクリスチャンになったきっかけも、パウロの衝撃から比較すれば微々たるものかも知れませんが、ある意味似ているところがあります。
私の教名(洗礼名)はヤコブです。使徒の聖ヤコブではなく、旧約聖書に出て来るイサクとリベカの子、神と闘って腿をうたれたヤコブです。
しかし、もう1つ候補がありました。それがパウロです。
偉大なる功績を残したことに共感してこの名をつける人は多いようですが、私の場合は【迫害者であったサウロの回心】が非常に共通していると感じたのです。
私が何故クリスチャンに変えられたか興味ある方は証しを読んでいただくとして、パウロと私の小さいかも知れませんが共通点から、私はパウロには共感を覚えるのです。
ただしパウロは、少しずつ教えによって信仰を持った人々からすれば、ある意味で異質であったかも知れないということも否定はしません。
何故なら、想像もつかないような強い衝撃的な出来事を迫害者という立場であった時に受けてキリストを信じるようになったからです。
これが彼の厚い(熱い)信仰の大きな基盤になっているのではと考えられるからです。
話は長くなりましたが、パウロの力強い(言い換えれば激しい)発言に関しては、このような出来事から生まれた信仰からであるということも充分に有り得るということをまず覚えておかねばならないかと思います。
そして、手紙を読む上でもう1つの注意点は、手紙を書かれた当時、宛てられた土地の信徒がどのような状態で、そして何の目的で書かれたのか(つまり背景)ということです。
これは非常に重要なことです。
簡単に例をあげましょう。
※ガラテヤ
当時のガラテヤの教会では、割礼等を強制的に迫る律法主義的な動きがありました。
それを知ったパウロは、福音の真髄を説こうとガラテヤの信徒に向けて手紙を書いたのです。
『ガラテヤの信徒への手紙』の5章等の内容を読むと、当時のガラテヤではユダヤ教への回帰的動きが非常に強かったことがわかります。
当然、パウロはそれを強く戒めたのです。
※ローマ
当時パウロは、異教徒からの迫害を受けていたローマへ行くことを熱望していました。
パウロはそのローマにいる人々にキリストの教えを正しく伝え勇気を与えようと、個人の救い、人類の救い、そして実践的な生活について手紙をしたためました。
※コリント
この教会も、パウロが宣教によって自らたてられた教会です。
しかし、大きな問題が生まれました。
信者の間での内部分裂(争い・ねたみ・怒り・派閥・陰口)、不品行(娼婦の問題や義母との結婚等)、知恵や知識にとらわれるグノーシス主義的思考の導入、今で言うウーマンリブ的傾向などがあったようです。
コリントの信徒への手紙Tの34章等に女性差別を連想させる記述があることは確かです。
しかし、当時のコリントの状況とこの手紙の目的がわかるならば、この部分は決して現代の私達に言っている言葉ではないということが容易に推測されます。
本質的には、男女の区別はあっても決して差別はないということが、同じパウロによって書かれた以下の言葉からもわかるはずです。
《いずれにせよ、主において、男なしに女なく、女なしに男はありません。》Tコリ1:11
《ユダヤ人もギリシャ人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです》ガラテヤ3:28
このように、聖書の中の特に書簡を読むにあたっては、いつ、誰が、誰に、何の目的で書かれたかを踏まえて読むことが大切です。
もちろん、他の関連書物を読んで当時の時代や地域の背景を勉強するのもいいでしょうが、例えそこまでしなくとも、書かれている手紙の内容を一部分だけ抜き出して考えるのではなく、その地域に宛てられた手紙全体をじっくりと読むことによって、ある程度の背景を推測することは決して難しくないのです。
そのように読むことによって、現代の私達に相通じる部分が、沢山の手紙から浮かび上がってくるのではないかと思います。
パウロ…
私達の中に理解しがたい部分があるのは、私達には理解しがたい出来事によって回心されたということ、そして、私達にはわかりにくい当時の背景があるという2つを考慮した上で手紙を読むと、面白みが増すと同時によりいっそう深く読むことが出来、パウロの信仰を知ることが出来るのではないでしょうか。
読むたびに新しい発見があるかも知れませんね。
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