我が家では、子どもたちはいつでもどんな質問をしてもよい決まりがありました。私たちは、子どもたちにどんなことでも話すようにと言って聞かせました。 また子どもたちは、私たちと違う意見を持つこともできました。しかし、我が家にはもう一つの決まり「全てのことを話し合うことはできるが、妥協されるわけではない。」がありました。 そして、子どもたちが大きくなるにつれ、私たちは聖書についてたくさんの話し合いをしました。それによって、子どもたちは深く考えるようになったと思います。
また、私たち親が何を信じ、聖書が何を教えているかを、子どもたちは強く確信することができたと思います。子どもたちが話をしたければ、私たちはいつでも聞くことにしていました。 子どもたちは、寝る前によく質問をしました。多くの場合は答えが欲しいからではなく、まだ寝たくないからですが、でも私たちはその機会を利用しました。そして、子どもたちが話したいことに、私たちは興味があることを示したのです。
家庭における大きな失敗の一つは、対話が少ないために、親は知識や経験、意思、そして信念などを子どもたちに十分に伝えないことです。 多くの場合、子どもたちは家庭の外で、親しい友だちからいろいろな情報を得ます。
時として子どもたちは、家で得られない答えや、家では聞けないことを友だちに聞きます。それは、兄弟であったり、姉妹の場合もありますが、近所の子どもだったりもします。
その子どもたちは、まちがった答えをしている可能性があります。その理由は明らかです。いつも一緒にいる家族生活は、時として近すぎて、変わり映えのしない関係と性質を持っているために、子どもたちにとって興味や新鮮さがないからです。
子どもたちの一番の親友は、兄弟姉妹ということを知る必要があります。友だちはできたと思っても離れてしまいますが、家族は永遠のものです。 どんなに親しくなっても、家庭以外の友だちは、兄弟姉妹ほど真実で近くはなりません。
アメリカには「血は水よりも濃い」ということわざがあります。つまり親族の絆の方が強いということです。 家族愛と愛情は本能であって、育む必要はないと多くの親は思っています。この考えは、大きなまちがいです。 親は、人前でも愛情をはっきりと示す必要があります。ほかの場合と同じように、犠牲、訓練、自制、相手への思いやりは、家庭の絆を深めます。家庭でしっかりと愛が示され、教えられなければ、一緒にいるからといっても愛があるとはかぎりません。
親から、「ごめんね」、「許して」などのことば、また愛情を表現することばを聞くことは、生涯残る子どもたちへの学びになります。
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